高専生について1「勉強とか」
高専という環境における自由について
高専の特徴は,早期からの専門教育だとかいろいろあるんですけど,入ってから実感するのは「自由である」です.
低学年の時は選択もなく,ある程度決まった授業ですが,高学年になるにつれて選択が多くなる.講義をとりたい人はほとんどの時間の講義をとり,とりたくない人は最低限の単位分だけ講義をとります.
つまり,高学年では授業をいっぱいとって忙しくすることも,少なくとって自由時間を多くとるのも自由になります.
どのような人が高専に向いているか
これは授業全般のことについていえるのですが,真面目に授業を受けないと単位を取れない教科もあれば,テスト前に過去問をみて,一夜漬けするだけで単位を取れるものまであります.上級生に知り合いのいる人から過去問が回ったりしますので,ほとんど勉強してない奴でも進級したりします.
つまり,学校での勉強そのものは,単位を取得して,進級し,卒業するためにはあまり大変でないと言うことです.
これが自由であることにつながります.そこで,大切になるのがこの自由をどう使うかです.五年間という貴重な時間をどのように使うかです.
もちろん,この時間を有意義に使える人にはこれはすばらしい環境となるでしょう.これはすばらしいことだと思う.
しかし,これを無意義に,ただ単位を取得して,卒業することしか考えていない人は,高専には進学しない方がいいです.はっきり言うと,専門などの自分が好きなことについて,自主的に行動しようと思えない人には高専は向いていない.
もちろん,主体的に行動してない人でも進級できる人はいるし,卒業することもできるだろう.
ただ,たとえば学生実験などで主体的かつ積極的に行動できない人などは,卒業研究で行き詰まるだろう.それだけは確かだ.
そして,そのときに迷惑を受けるのは周りの人間だ.たとえば同じ実験グループのメンバーだったり,研究室の仲間だったりだ.